2010年夏、私は杉並区の公立中学校で行われた『夏季パワーアップ教室』に数学の講師として参加しました。1年以上現場から遠ざかっていた私には、とても懐かしく、ある意味新鮮な空気でした。
中3の教室に入ると、そこにはいかにも野球部という坊主頭の少年が座っていました。聞けば都内でも有数のシニアリーグのピッチャーもやっているという本格的な野球少年でした。
志望校は?という問いに、彼は笑顔で有名な六大学付属高校を答えました。そこはプロ野球選手も多数輩出する甲子園常連の難関校です。
授業を進めていくうちに、彼の表情は硬くなっていきました。因数分解が分からないのだと言います。私は基本に立ち返って彼に一から因数分解を教えましたが、実は彼は因数分解が分からないのではなかったのです。そう、文字式の計算が出来なかったのです。中1や中2の計算レベルから定着を図ってこなかったものと思われます。
私は率直に思いました。志望校どころか、これでは高校進学も危ういかも知れないと。。。
野球でいえば『素振り』や『ランニング』のようなグランドに出なくても出来る基礎訓練と同様に、数学でも『計算練習』や『基礎学習』を毎日、いや、二日に1回でも定期的に行っていけば、ここまで計算力は落ちなかったであろうと思いました。
私はとても残念に思い、同時に悔しくなりました。素直で逞しいこの少年に、もう少し早く出会って一から勉強を教えてあげたかった。そして、その志望校にもチャレンジさせてあげたかったと。
大手進学塾に二十年近く勤めましたが、決して部活や課外活動を賞賛できる環境ではありませんでした。口では皆勉強以外も大事とはいっても、時間の制約やカリキュラムの進行など、結果的には両立することに矛盾点が生まれてしまうからです。
自分自身も、ラグビーというスポーツを通じて体を鍛えたこと、仲間と競争しながら切磋琢磨できたこと、チームの勝敗に一喜一憂してきたこと等々、いわゆる机上の勉強だけでは体得できなかったことは、部活動や課外活動で学んできたと感じています。そしてそれが今でも人生の糧となっています。
文と武が別道してしまうことは非常に悲しいことです。だからこそ今、バランスのとれた新しい教育ステージにチャレンジしていきたいと強く思います。